催眠療法、心理療法であなたらしい人生をサポートします。

私が心理セラピストとなった理由

何故、私が心理セラピストとなったのか?

あなたは、今、どんなことで悩んでいるのでしょうか?
あるいは、どんな願いを叶えたいのでしょうか?

悩みや、困ったことが、嘘のように、悪い夢のように消えて無くなってしまったらいいのに...
そんなことを考えているのかもしれません。

あるいは、 ある日奇跡が起きて、朝起きたら何もかも夢が叶っていたとしたら...
そんなことを思っているのかもしれません。

それとも、 自分の目標や夢を持ち、毎日が充実していたらどんなに幸せだろう...
そんなことを、考えているのかもしれません。

実は、私自身、そういうことを、毎日のように考えていました。
毎日が辛く、生きていること自体がしんどかったのです。
「なぜ、自分は不幸なんだ?どうして幸せになれないんだ?」
いつも、そんなことを考えていました。

しかし、考えているうちは、問題は解決しませんでした。
考えたら、きっといい考えが浮かぶかもしれない。
何もしないより、よく考えたほうがきっといい解決策が、いつか出てくるんじゃないか?
そう思っていたのです。

心理学や自己啓発の本もたくさん読みましたし、自己催眠のようなものもやってみました。

しかし、それで何が変わったのかと言えば、なにも変わりませんでした。
自分の望みは、何一つとして叶えられませんでした。
そして、何ともいえない無力感と、あきらめきれないもどかしさだけが残るのです。

これから「私が何故セラピストとなったのか」というお話をしたいと思います。
もしかすると、あなたのお役に立てるお話であるかもしれません。
よろしければ、暫くの間、私の話にお付き合いください。

もうこんな人生は嫌だ!

私は、十数年間、人と話をしたり、自分の気持ちを伝えられず、苦しんできました。
いわゆる、対人恐怖症(対人緊張)でした。
人と仲良く話したり、笑いあったりしたいだけなのに、それができないのです。

友達もいませんでしたし、悩みを聞いてくれる人もいません。
そんな、自分が大嫌いで、鏡をまともに見ることすらできませんでした。
このまま、ずっと孤独に生きていくのかと思うと、気が狂いそうでした。

そのとき私が、未来にセラピストとして、人と関わり、
自分の人生を思うように生き、幸せを感じることができるようになるとは、思いもしませんでした。
もちろん、「いつか、幸せになりたい!」といつも思っていましたが、
そのときの自分には、そうなるとは信じられなかったのです。

では、なぜ今は幸せを感じ、自分の人生を思うように生きられるようになったのか...。
それは、ある出会いがきっかけでした。

私は、人一倍思いが強いらしく、時々、自分の望みを叶えるために、
奇跡としかいいようのない、偶然の出来事が起こることがあります。

「もうこんな人生は嫌だ!」
その思いがピークに達したとき、ある人と出会ったのです。
その方は、私にこう言いました。

「あなたは、自分のことを見て見ぬふりをしてる。
本当は、知りたいくせに、知るのが怖いんじゃない?
いつも、怖がって自分の殻に閉じこもってしまう。まるでヤドカリみたい」

そして、あるセミナーを受けてみないか、と言うのです。

それは、自分探しのセミナーでした。
「自分は、どうして今の自分になったのか。
本当はどんな生き方をしたいのか、どうすればそれができるのか」

それが解るというのです。

そして、その方もそのセミナーを受けて人生が変わったと言うのです。
両親との確執が解け、自分が本当の自分になれたと、その方はおっしゃいました。

私は、そんな話が全く信じられず、完全にひねくれてしまった心には届いていませんでした。
ただ、そのセミナーを受けて「前世の記憶を思い出す人がいた」というところだけに興味を持ち、
自分にも前世が見えるのならぜひともやってみたい、と思ったのです。
(そんな動機で、セミナーを受けようとした人は、私だけだったようですが...)

しかし、お金を理由にして(そのときの私にとっては、かなりの大金だったので)、一旦は断りました。
すると今度はまったく別な場所で出会った、別な方(最初に会った人とはまったく関わりのない人)からも同じセミナーを薦められ、偶然ではない何かがあるような気がしてしまいました。

そして家に帰って調べてみると、受講料もぴったりお金が残っていたのです。
(何万何千円ぴったりに封筒に入っていました...まるで、準備されたかのように...)

これは、もう何だかわからないけど、受けるしかない!という気がしました。
そして、セミナーを受けることを決意したのです。

とはいえ、 私にとってはビッグチャレンジでした。
対人恐怖症ですから、大勢の人の中に入っていくなんて、とても勇気のいることだったのです。
ただ、そのころの自分はとにかく、対人恐怖を克服したい!と思っていたので、そんな思い切ったこともできたのだと思います。そのくらい真剣でした。

セミナーは実習形式で、人と話をしなければなりません。
私は、人と話をするだけでがちがちに緊張してしまい、まともに人の目をみることすらできず、何をしゃべっているのか覚えていないぐらいに舞い上がってしまいました。
顔は赤くなり、話はしどろもどろ、汗はだくだく…挙動不審の塊です。

でも、必死でした。とにかく、なんだか解らないけど、これをやり遂げたい!という思いだけは、あったからです。
そして、私はセミナーの実習中に、自分が対人恐怖症になった原因に気付くことができたのです。

セミナーの参加者の一人が、子供時代の自分を振り返り、泣いている姿を見たとき思ったのです。
その人は、とても頭がよく、クールで、私から見ると完璧な人でした。
その人が、まるで子供のように、人前でぼろぼろと涙を流しながら、自分の隠していた弱さを語っている姿を見たとき、なぜか自分自身と重なり合って見えたのです。

私は、自分の弱さをいつも隠そうとしていました。
「弱さを出すと、人から嫌われるに違いない!」と思っていたのです。

私は、「完璧でなければ人に認めてもらえない」と思い込んでいました。
しかし、心の底では、完璧でない自分を全てをさらけ出して生きている人に、憧れていたのです。

嫌われたらどうしよう、という思いから、自分に、そして人にも嘘をついていたのです。
「俺は、怖いもんなんかない」
「失敗するやつはバカだ」
「男が人前で泣くなんて、ありえない」
そう思うことで、どんなときも自分の感情を表さず、クールに装い、人に本心を隠してきたのです。

本当は、誰よりも小心者で、失敗が怖くて、涙を隠して生きていた。
そんな自分を正直に、さらす勇気がなかったのです。

ステージの上で弱い自分をさらけ出し、泣いている人に思わず駆け寄って抱きしめる人が現れました。
一人駆け寄ったかと思うと、さらにもう一人と次々と彼を抱きしめ始めました。
その光景を眺めながら、こう思いました。

「弱いことは悪いことじゃない。かっこ悪いことでもない。
むしろ、それを出したほうが、ずっと人間らしくて魅力的なんだ」

その瞬間、心がすうっと楽になり、まるで魔法が解けたみたいに緊張感が無くなってしまったのです。

そのときの感覚は、今でも覚えています。
目の前のガラスの玉がパリン!と割れて、外の世界にやっと出られたような感覚でした。
今までの苦しみは、一体なんだったのか、と言うくらい一瞬の出来事でした。

おそらく私の中にある信念が一瞬にして書き変わってしまったのでしょう。
「弱さを見せてはいけない」という信念から、
「弱さを隠さず出すことで愛される」
「子供っぽい自分でもいいんだ」
「弱い自分ても、愛される価値があるんだ」
そういう信念に変わったのだと思います。

そしてそのとき私は、子供のように無邪気に泣いたり笑ったり、ありのままの自分を表現するということがどれだけ素晴らしいことかにやっと気付いたのです。
嬉しくて嬉しくて、笑いが止まらない...!
気付けば、回りの人たちと喜びを分かち合っている自分がいました。
人と話をしても緊張しない、顔も赤くならない、思ったことが自然にしゃべれてる!
決して人に心を開かなかった自分が、心を開いて思いのすべてを人と分かち合っていたのです。

自然体で人と話をし、人と思いを分かち合い、人と一緒に笑いあえたら...。
ずっとそう思っていた、願いが叶ったのです。
たぶん、他の人からすれば、そんな当たり前のことが、私にとっての幸せであり、
心からの願いだったのです。

そして、そのとき、私は自分の本当の思いに気付きました。
「こうやって、人と笑ったり、泣いたりしながら、人間らしくに生きたい」
「 人として人と関わっていきたい」

それが、わたしにとっての幸せであり、人生の目的だと解りました。

そして、夢を持ちました。
自分のように、苦しい思いをしている人を、ひとりでも多く救いたい。
そう思ったのです。

私は思います。
もし、人がもっと素直に心を開けたのなら、それだけで世界は変わる。
もし、人が心から人を信じ合えたのなら、それだけで世界は変わる。
もし、人が心から人を助け合えたのなら、それだけで世界は変わる。

そしてもし、人が心から素直になれたのなら、人は変わる

その後、私は幸せになり、自分らしい人生を送ることができるようになりました。
めでたし、めでたし...。

と、ここで話を終えてもいいのですが、実にその後、いろいろな経験をすることとなったのです。

自分に許せる分だけ、幸せになれる

それから、私はそのセミナーを開催していた会社に就職することにしました。
自分の思いを叶えるのにぴったりの職場だと思ったからです。
自分の夢をようやく叶えられる!そう思うと毎日が楽しくて、ワクワクしていました。

しかし、厳しい現実が待っていました。
私はその会社で、営業として入ったのですが、ちっとも結果が出なかったのです。
一生懸命やりました。人一倍頑張りました。
しかし、初めの月は、結果ゼロでした。

完全歩合制ですから、給料もなし。すぐに生活に困ってしましました。
会社のことは大好きで、仕事としてもとてもやりがいがあり、楽しくてしかたないのですが、それに収入が伴いません。
これでは、続けたくとも続けられない。

それでも、自分に負けたくなかったので、とにかく命がけで頑張りました。
そして、 ようやく2ヶ月がたったころから、結果が出始めました。
それまでどれだけ頑張っても取れなかった契約が、嘘のように、どんどん決まっていったのです。
部内では、それが噂になり、「あいつ何があったんだ!?」と言われるくらい、すごい勢いでした。
気付いたら、異例の最短出世で、3ヶ月目には主任に昇格していました。

しかし、それも長くはつづきませんでした。
なんだかうまくいき過ぎだ...。
私は、怖くなってしまったのです。

今までの人生、こんなにうまくいったことがなかった。
このまま成功してしまったら、自分が自分でなくなってしまう。

「この成功は、いつまで続くんだろう? 」
そう思うと、不安がこみ上げてきました。
すると、その頃からまた契約が取れなくなり、もとの調子に戻ってしまいました。

それからは、どんなに頑張っても、何をしても成績が戻ることはありませんでした。
そして、泣く泣くその会社を去ることを決心したのです。

問題は、乗り越えない限り繰り返し起こる

それから、私は職を転々とすることになりました。
心理関係の職に就くことは、もうあきらめていました。
資格も何もありませんでしたし、何よりあの時のことを思い出だすと、どうしても自信が持てなくなっていたのです。

様々なアルバイトをして、いろんな経験をすれば、きっとまた自分の居場所が見つかるんじゃないか、と考えました。
子供が好きだったので、「保育士になろう!」と思いたち、タウンページ片手に、「アルバイトとして雇ってくれませんか?」と電話をかけまくりました。
そして、運よく、雇ってくれる保育園を見つけました。

「よーし!ココで働きながら、学校へ通い、保育士の資格を取るぞ!」
はりきって、働き始めました。
子供たちと、楽しく遊んだり、世話をしながら、お金がもらえるなんて、なんていい仕事なんだろう...。
そんな幸せを感じていました。

しかし、ここでもまた、良からぬ出来事が起きます。
以前のセミナー会社で、人を募集しているということを知ったのです。
私は正直、まだ心残りがあったので、その話を聞きにいき、どうしてもまたチャレンジしたくなってきたのです。
今度こそ、結果を出したい!

もしかすると、ムキになっていたのかもしれません。
あるいは、まだ心理職に未練があったのでしょう。
私は、もう一度だけ挑戦してみることにしました。
保育園の人たちには、本当に悪いことをしてしましましたが、自分に嘘はつきたくないと思い、自分のやりたいことをすることに決めました。

そして、またセミナー会社で、同じ営業として、働くことにしました。
今度こそ、成功しなければ...そんな気持ちでした。
そして、必死でアポイントを取って、商談をしているうちに、結果が出始めました。

「よーし!この調子で頑張るぞー!」
張り切って、一生懸命に仕事に打ち込みました。
しかし...。

結果が伴ったのは、初めだけで、後はまた成績がどんどん落ちていってしまったのです。
なぜなのかは、解りませんでした。
しかし、どんなに頑張っても、どんなに一生懸命になっても、成績は落ちることはあれども、上がることは無かったのです。
そして、再びその会社を去ることとなったのです。

その後は、また違う職を転々とし、思いつきでやりたいことをしていました。
水道修理の仕事をして、そこそこスキルを身につけてきたころ、その会社のやり方や、就労時間の長さが嫌になってきました。実際、24時間体制の仕事に、体力的にも、精神的にもへとへとでした。

「もうこれ以上は無理だ…」そう思い、転職することにしました。
そこで培ったスキルを活かして、配管設計者になることを思いつきました。
絵を描くことは好きだし、設計は一度やってみたかった仕事だからです。

そこで、技術専門校(職業訓練校)に通い、設計のスキルを学ぶことにしました。
その一年間は、とても楽しいものでした。
学生時代はの勉強が嫌いだっただけに、自分のやりたいことのために学ぶことが、こんなにも楽しいことだったとは思ってもみませんでした。

そして、卒業して、結婚を前提に付き合っていた彼女の望みもあり、そろそろまともな会社に就職しようかと思い、生まれてはじめて、固定給の会社へ就職することになったのです。

自分に向かないものは向かない

私は、それまで、まともに就職というものをしたことがありませんでした。
サラリーマンは、この世で一番自分に向いていないと思っていたからです。
何かに縛られたり、命令されるのが大嫌いでしたから、会社勤めは自分には無理だと思っていたのです。

案の定、サラリーマン生活は、自分にとって地獄のような日々でした。
そりの合わない上司、堅苦しい会社の雰囲気、楽しくない職場。
何をとっても、魅力はありませんでした。

おまけに、新人ですから、重要な仕事を任されるわけもありません。
図面の清書だとかコピーだとか、設計の補助など、初めからやりたいことができるわけではありませんでした。
せっかく学んできたスキルも、活かされることもなく、悶々とした日々が続いていました。

直属のベテラン上司から、小さなミスをとがめられ、毎日のように怒られているうち、
どんどんと自信を失っていきました。
やる気も無くなり、会社に行くことが憂鬱になっていきました。
特に日曜日の夜は、死にたいと思うようにさえなってしまったのです。

自分は、一体何をやっているのだろう...。何のために生きているのだろう...。

毎日毎日、任された仕事をただ、流れ作業のようにやり、
一日が過ぎ去るのをじっと耐えるような日々が続きました。
そのとき自分がしていたことは仕事と呼べるようなものではありません。
単なる作業をしていただけです。喜びも何もありませんでした。

しかし、結婚もしていたので、あまりわがままなことも言っていられません。
生活のためもありましたし、何をやっても長続きしない自分とも決別したかった。
私は、歯を食いしばって頑張りました。
そして、鬱々とした気持ちで、仕事を続けているうち、ふとあることに気付いたのです。

嫌いな上司が、自分のと父親に似ている ことを...。
それから、私はその上司を見る目が変わっていきました。
偏屈で、短気な頑固親父でしたが、よく見れば、気持ちの表現が不器用なだけで、本当は面倒見のいい、仕事熱心な人だと思えるようになったのです。
その人も、きっと私が心を開いてくれないことが寂しかったのだと思うようになり、かわいそうな人だとさえ、思うようになっていきました。

そして、心から、嫌いだった上司を尊敬できるようになったとき、転勤を命じられました。
以前から、自分がやりたかったことができる部署への転属でした。

今の仕事から何を学ぶか

私は、そのときの経験を通じて、ひとつのことを学びました。
それは、 「どんな仕事でも、得るものがある」 ということでした。
今までの自分の考えでは、やりたくないことを我慢してやるのは馬鹿げているし、好きなことだけするのが幸せなんだと思っていました。

しかし、私はどうしてもそこで気付く必要があったのです。
父親との確執があること、それを乗り越えたい自分いること。
そして仕事への姿勢を改める必要があることを。

今までどうして仕事が長続きしなかったのかが、わかるような気がしたのです。
ベストを尽くして、自分の能力を出しきっているのか?
謙虚に学ぼうとしているのか?

それを、上司の背中を通して教えてもらっていたのです。

転属先の部署では、私を歓迎してくれ、私も今まで学んだスキルを思う存分使うことができました。
「あいつ、転勤してから人が変わったように、優秀になったなあ」
そう社長に言われるほどに変わっていきました。

私はただ、自分の能力を出し惜しみせずに、出し切っただけです。
それまでは、遠慮して持っているものを使っていなかった…と言えば聞こえはいいですが、目の前の嫌なことからずっと逃げていたのだと思います。
とにかく、今できることを手を抜くことなく精一杯やろうとしました。

同僚や、先輩もとても親切で、「こんな職場に早く来たかった!」と思いましたが、やはり前の部署での経験があったからこそ、その職場に移れたんだと思います。

そして、再び私は、自分の本当にやりたいことをしたいと、強く思い始めていました。
やはり、実際にやってみて、サラリーマンには自分は向いていないと心から解ったのです。
苦手なものを無理して続けても苦しいだけだ、と分かったのです。

やはり、自分が本当にやりたいと思うことをしたほうがいい。
そして、自分が決めたことは最後までやり抜こう。
そう決心したのです。

人生に偶然は無い

そこで私は、サラリーマン以外に何ができるのか、本当は何がしたいのかということを再び考えるようになりました。
サラリーマン以外となると、独立するということになります。それにはスキルが必要です。
経営、マーケティングなどのビジネスの知識、独自の技術やサービス、専門知識など…。

しかし、私には何もありません。
「何かをしなければ」と焦る気持ちがあっても、どうすればいいのかがわかりません。
とりあえずは、マーケティングの本や、経営に関する本などを読んではいましたが、肝心のそれを何に使うのか、という問題が解決できずに残っていました。

そこで、私は、思いきって生まれてはじめてのカウンセリングを受けてみることにしました。
何か、ヒントが得られたら、そういう思いがありました。

しかし、残念ながら期待したほどの結果は得られませんでした。
その後、キャリアカウンセリングも受けてみましたが、何となく違うという気がしました。
向いていることは解っても、それがやりたいことでは無かったからです。

やはり、好きなことを仕事にすることは、難しいものなんだ、と諦めかけていたときです。
心理療法という存在を、偶然知ることとなったのです。
そのとき出会った心理療法家は、私と同じように悩み、そして心理療法によって救われて、心理療法家となったのだということを知りました。

もしかしたら、この人のセッションで自分の悩みを解決できるかもしれない、自分の本当にやりたいことが解るかもしれない、と私は直感しました。
この人に会ってみたい。
その方が、まさか後に私の恩師となるなど、そのときは思いもよりませんでした。

セッションを受けてみて、私はいかに今まで自分の気持ちを抑えていたのかということに気付きました。
十年以上前に悩んでいたときと、全く同じことをしていたのです。
心を閉ざして、見たくない現実から目をそらしている自分。
もう、そんな生き方はするまい、とあれほど身にしみて解っていたつもりだったのに...。

それからの自分は、自分に嘘をつくことは、金輪際もうやめよう、と決心しました。
やはり、夢はまだあきらめきれていなかったのです。
「人として人と関わる仕事がしたい」
その思いと、正面から向き合うことにしました。

自分ににできるかどうかは、解りません。
でも、やってみなければ解らない。
そんな単純なことで、悩んでいたのかと思うと、おかしく思えてきました。

やってみなけりゃ分からない

そして、私は、セッション後の行動課題として、ブログを書き始めました。
このとき、「作家になる」という目標を掲げましたが、作家になれるかどうかより、やっと前に進めることが嬉しかったのです。

それから、再び自分を救ってくれた、「心理療法家」という職業にもとても興味を持ち、学んでみたいと思ったのです。
プロとしてやっていけるかどうかは、わかりません。
自信はありませんでしたが、後悔したくはありませんでした。

そして、心理療法を学べば学ぶほど、いかに「自分が自分のことを枠にはめて生きてきたか」ということを知ることとなったのです。
どうりで、人生に窮屈さを感じていたわけです。
それだけ、自分で自分を許していなかったのだと気付きました。

それから、自分の周りが劇的に変わっていくことを実感していきました。
職場環境、上司の態度、仕事へのやる気、全てが自分の望む方向へと変わりだしたのです。
もっとも、意識してそうしていったわけではなく、自分で自分にセラピーをしていっただけなのです。

私の師は、こう言います。
「幸せには流れがある。それに逆らっているから、幸せになれないんだよ。
 幸せの流れに乗るだけで、頑張らなくてもみんな幸せになれるんだよ」

私が、その流れに乗れたかどうかは分かりません。
しかし、少なくとも、流れに逆らうことをやめてから、物事が上手くいき始めたのは間違いないと思うのです。

辛いことも、悲しいことも全てが財産

私の人生は、決して順風満帆ではありませんでした。
夢をあきらめ、たくさんの回り道をしてきました。

挫折もありました。
失敗もありました。
失恋もしました。
離婚も経験しました。
転職も繰り返しました。
死にたくなるほど辛い時もありました。
嬉しいこともあり、また悲しいこともありました。

そして、様々な経験をして、今思うのです。
辛いことも悲しいこともあったけど、ひとつ残らず自分の財産なんだと。
あらゆる意味で、私はたくさんの経験を与えられて生きてきたんだ、と。

私が心理療法家になろう、と決心したことは、自分の人生の中で、自分の心に最も素直な選択であったと思います。自信や適性ではなく、そうしたかったからそうしたのです。
それは、私にしかできないことです。

そして、私が悩み、経験してきたことを、全て活かして人と関わっていくことができる。
それが、一番自分らしい関わりだと思っています。

私は、未だにクライアントさんと共に悩んでしまうこともあります。
時に、不適切な関わりをしたのではと、くよくよ悩んでしまうこともある。

しかし、それだけ真剣です。
クライアントさんがあきらめない限り、私はあきらめません。

そして、信じています。
どんな人でも、必ず幸せになれるということを。
いつか、必ず輝く日が来るということを。

長い話に、最後までお付き合いくださり、ありがとうございます。
もし、あなたとご縁があれば、セッションルームでお会いしましょう。
そのときが来ることを、心から楽しみにお待ちしています。

 

「あなたを輝かせるセラピスト」 竹内 智宏

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