こころの休憩室(心理コラム)

宇宙的に見た体罰が問題視される意味

なぜ体罰やパワハラが問題視される?

最近、スポーツ界や教育会などで、体罰やパワハラが問題になっています。昔は、根性を鍛えるという理由で、しごきという名の体罰が普通に行われていました。

巨人の星やエースを狙え!などのスポ根漫画では、コーチが竹刀を振り回すのが当たり前な時代でした。しつけのためと、親が子供を殴るのも当たり前の時代でした。

それが、今は、一たび暴力を振るえば、パワハラだ、体罰だと大問題になります。昔は許されていた、体罰やパワハラが、なぜ、これほどまで問題になってきたのでしょうか。

時代の流れを俯瞰して見ると、日本人の自己肯定感の向上が関係していることが分かってきます。

約70年前、日本は世界から戦争でこてんぱんにやられて、著しく自尊心を傷つけられました。そんな傷ついた自尊心を取り戻すために、世界に追いつけ、追い越せで、日本人は頑張ってきました。そして今や、世界に肩を並べるくらい日本は成長しました。

昔は、「アメリカはスゴイ!それに比べて日本は遅れている」と自虐的に言っていたものです。しかし今は、「日本はスゴイ!世界に誇れる立派な文化だ」と自慢するほどになりました。そのくらい、日本人の自己肯定感が回復してきたということでしょう。

それと時を同じくして、体罰やパワハラが問題視されるようになってきました。体罰やパワハラを拒絶する人たちの根底には、「私はあなたに傷つけられるような価値のない存在ではない!」というメッセージがあるように思います。

一人ひとりが、自分を価値ある存在として、認めることができてきたからこそ、体罰やパワハラが問題だと捉えられるようになったのでしょう。

人は叱られても成長しない

更に、スピリチュアル的な視点で、この時代の流れを紐解いてみましょう。

昔は、叱って伸ばすという教育方法が主流でした。「厳しくしないと成長しない」「ダメなところを直すと成長する」というのが常識だったのです。

しかし、その常識は覆されつつあります。「認めて褒めると人は成長する」というのが、常識になりつつあります。

足りないという欠乏感から努力すると、自分にも人にも厳しくなり、結果、より欠乏感を強化することになります。一方、足りている、十分にあるという充足感から行動すると、自分にも人にも優しくなり、より充足感を強化することになります。

褒めて伸ばすというのは、より充足感を強化することになるので、「成長することは楽しい!」と無意識にインプットすることになります。

一方、叱って伸ばすというのは、より欠乏感が強化することになり、「成長することは苦しい!」と無意識にインプットすることになります。だから、努力しても、努力しても「まだまだ!」「もっと努力しないとダメだ!」とずっと自分を認められず、無限に苦しさが続いていくんですね。

感謝と許しが人を動かす

宇宙は、常に意図を持っていろいろな出来事を創り出しています。体罰やパワハラが問題視されることで「日本は欠乏から充足へ既にシフトしている」「それに合わせて意識を変える必要がある」と、特に古い世代の人たちに、宇宙は教えてくれているのかもしれません。

充足の時代に相応しいのは、「感謝」「認める」「許す」といった愛をベースにした行動です。それを上手にできる人が、時代の流れに乗って、繁栄していきます。

素直にありがとうが言える人、人のいいところを認められる人、人の行いを許せる人が、今の時代には必要とされています。

私も、まだまだ練習中ですが「感謝」「認める」「許す」をもっとやっていこうと思います。

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